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特集記事 私のインターンシップ(2) (2004/02)


インターナショナル・インターンシップ・プログラムス

東京事務所 所長 池田 吉和



「池田の体験をこれから参加する人達に語る責任がある」と言われ、前回の続編としてもう少し詳しく”年寄りの繰り言”を書かざるを得なくなりました。

さて、前回より少し前に時代を戻すと、27歳の池田君は会社に勤めながら、インターンシップの企画・準備を始めました。動機は語学の上達よりも「外国ってどんな所だろう?」という単純なものでした。留学という方法もありましたが、お金もかかるし、学校の優の数が両手の指の数に達せず良い学校に受け入れてもらえないという実情もありました。また、やりたくない課目を取らざるを得ないことも気が進まない理由の一つでした。何より”象牙の塔”より一般社会を自由に見たかったのです。西洋文化のリーダーたるアメリカ合衆国社会を見たかったのです。32年前、かくて1ドル360円の時代、一般市民が海外に行くのは、なかなか難しいものでした。かくいう池田君もそれまで飛行機に乗った事がなく、いわんや外国に行くなど、とんでもなかったのです。しかし見たかったのです。

振り返って見ると準備期間も面白く、出発までの時間は貴重なものでした。

自分の目的に関する調査を進め、新聞社の元特派員達、当時、日本でアメリカについて最も権威があると言われている人を訪ねたりしたことを懐かしく思い出します。図書館にもよく行きました。「無職では怪しまれるのでは?」と、ある参議院議員のアドバイスにより講談社の社外特派員の肩書きだけもらいました。無論、報酬はゼロ。この間、東京で会った日本人、外国人達には、現地で再会したり、知り合いを紹介されたりと本当にお世話になりました。自分の交友範囲を出来るだけ広げることの大切さ、面識の有無に関わらず、目的を話し、理解を求めれば結構、人は助けてくれるものであると実感しました。語学よりも、希望分野での日本の事情、日本の知識の必要性も実感しました。特に西欧社会では自分を主張し、印象付ける為にとても有益ではないでしょうか。

(次号につづく)