私の一生の宝物
塩塚 和子さん
フランス
私は、フランスが好きで旅行したり語学を学んだりしていた。でもそれだけではなく何かをしたいと思っていたとき、このスクールインターンを知り、まさに私が求めていたものと思い参加した。大好きなフランスで暮らすことができ、語学も学べ、そして日本のことを知ってもらうという、私の望みが叶う思いだった。
 そして、私はピレネー山脈の麓に広がる小さな町の小学校で6ヶ月間活動した。 日本人が始めてやって来るとのことで、子供たちは興味津々、新聞にも紹介された。嬉しい反面、責任を感じ戸惑ってしまった。言葉も勉強していたとは言っても話しにならないほど伝わらない。誰もが思うように、私ももう少し勉強していれば、無駄な気力と体力を使わずに済んだと思う。しかしこうなったら知っている語彙をフル活用するしかない。なんとか身振り手振りも加えながら、気持ちを伝えていった。
 滞在は校長先生のお宅で、女の子2人姉妹のいる4人家族と犬2匹に猫1匹。私を家族のように扱っていただき、何不自由な思いもしなかった。ただやはりお店や銀行などが近くにない為、どこに行くにも車で一緒に連れて行ってもらうしかなかった。
 休みの日は親戚の方たちが集まり、夜遅くまで食事をしたりトランプをしたりした。天気のいい日は朝早くから、ピレネーの山登り。私はこの山に登ることでリフレッシュできた。今までみた事のない絶景だった。いろいろな日々の悩みがとてもちっぽけなものにみえて、また明日から頑張ろうとやる気が沸いてきた。
 学校ではその年はまさに日本年にしてもらった。学芸祭(文化祭のようなもの)のテーマはずばり日本。日本の音楽に合わせ、茶道の遊戯。服は保護者の方の手作り着物。化粧はみんな舞妓さん。歌の時間は日本の童謡。体操の時間はラジオ体操や柔道を披露。そして日本の家庭の演劇。絵を描くときは日本について書いてある本をみての感想絵。
日本のことは、よく知っている子供もいれば、もちろんまったく知らない子もいる。「黒板やペンはある?」「今着ている洋服は全部フランスに来て買ったものなの?」他の国の床に座って手で食事している写真を持ってきて「日本の写真持ってるよ。」と得意げだったり。
日本のアニメはとても流行っていて、テレビでもよく放送されていた。それからサッカーの中田選手も人気があった。ゲームも任天堂が人気で、日本製のものを見つけるとすぐにみせにきてくれた。日本について少しでも興味があると思うと嬉しかった。もっと多くのことを伝えたい気持ちが強くなってきた。それに自分も日本について初めて気がついたことなど改めて日本のよさを感じることが出来た。
 私にとって最後の最大のイベントは市役所での展覧会だった。子供たちと一緒に製作した物やおもちゃの展示、書道の実演、茶道コーナーを作り実際にお茶をたてたり、折り紙を教えたり、この半年間私がやってきたことを再確認することができた。そのころは、不思議なほど、言いたいこともだいぶん伝わるようになったし、聞き取ることも随分できるようになった。自分でも気がついたら必死でこのイベントを成功させるために、フランス語で当たり前のように会話をしていた。もちろん流暢とまではいかないけど。
そして展覧会にはたくさんの方が見に来てくれた。レセプションでは市長さんからこの町の金メダルを頂いた。そしてたくさんの拍手。涙が出るほど感激した。私が今までやってきたことは無駄ではなかった。そう確信した。
 今スクールインターンを終えて思うことは、語学はもちろんだが、それ以上に自分がひとつのことをやり遂げた達成感を味わうことが出来たことだ。語学留学や旅行では決して体験することは出来ないと思う。現在この経験を生かした仕事についたり、フランス関係の仕事をしているわけではないが、私の今の生活にプラスになっていることは確かだ。自分に自信がついたし、頑張れば出来る、やれば出来る、願いはきっと叶うということを、身をもって知ることができた。今回の経験は私の一生の宝物だ。