家族経営の手作り学校
この体験を教育現場で生かせたら

鴛海晴彦さん
オーストラリア
鴛海さんが派遣されたのは、メルボルン市内でもちょっと評判の学校だった。日本では小学生に当たる生徒の数は全部で60人。家族経営の私立の学校で、一家のお母さんが校長先生、夫がマネージャー、6人の子どもたちが先生という、手作りの学校である。「20年前にあちこちの学校を見学した夫婦が、いい学校がないから自分で作ってしまおうって始めたんです。今でこそ新聞が取材に来たりしますけれど、最初の頃はすごく苦労したらしい」教科書も手作り、英語と算数だけはどの学年でも重点的に教えていたが、多民族国家であるオーストラリアらしく外国語にも力を入れていて、中国に留学していた長男は中国語を、同じく3男がイタリア語、さらに今年は4男がスペイン語も教えるという。「そして僕が日本語で、1回35分の授業を週に12コマ。好きなことをやっていいと言われて、日本語の歌や習字、折り紙、けん玉にヨーヨーと、35分間どうすれば子どもの注意をひきつけられるか、いつも考えながら授業してました。その意味では僕は教師というより一緒に遊んでる生徒っていう感じで・・・・・・」鴛海さんは東京の大学の4年生。大好きなバドミントンに明け暮れる中学高校時代を送り、トントン拍子に進学したものの、3年の時に人生の転機が。「バドミントンでインターカレッジのチャンピオンと対戦、全く相手にならないほど負けてすっかり落ち込んで。そのあとすべてにやる気をなくしてた時、小学校での教育実習があった。勝ち負けのスポーツの世界とは違う毎日が本当に楽しかったんです」やっぱり学校の先生になろう、その前に外国にも行こうと決めて、1年の休学届けを出したのだ。5月、来てみれば、学校の敷地内にあるのは2軒の大きな家。片方は校長先生一家の住居で、もう片方が学校だった。その学校の2階に鴛海さんは住むことになる。校長先生のフェイが社交的なので、食事は家族8人に友だちや恋人がいていつもワイワイとにぎやか。また滞在中にはほとんどの生徒の家から招待され、山登りや博物館見学など、それぞれの家族のイベントにも連れていってもらった。「この学校でいいなと思ったのは親が活躍すること。学校のキッチンには誰かがいるし、哲学やサイエンスを教えているのも親。近くの公営プールを利用してるプールの授業の時も親が車で送迎するんです」親との距離の近さは子どもの問題をつかみやすくする、というのが彼の実感だった。また、低学年で問題を起こす子のなかには、家庭のゴタゴタに原因がある事が多いとフェイは、よく言っていた。「ある女の子がよくトラブルを起こしていて、それは離婚後、お母さんのボーイフレンドが家に来るのが嫌だってことだったんですけど、それがわかると僕の対応も違ってくるんですよ。むやみに怒ったって仕方がないって。状況がよくわかると、教師もやりやすくなる。子どもとの距離も近くなるから」ひるがえって日本の学校を垣間見た経験では、先生たちは授業以外の雑務に追われていて、子どもと接する時間が本当に少ないと思った。「最近では子どもの数も少なくなっているのだから、日本の教育の現場にももう少し余裕が生まれるといいのですが」人間を信頼することを子どもに伝えたいという鴛海さん。オーストラリアでの体験を日本の現場でどう生かしていけるのか、新たな挑戦が待っている。